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太秦戦国祭り2.0

昨年行われた『太秦戦国祭り2.0』について
学生スタッフとして参加した、雷豚肉の私見100%でお送りいたしますm( _ _ )m
細かな概要は公式HPを御参照くださいw

IMG_7503

大手門を抜けると、そこは市場だった(o゜▽゜)ゝイラッシャーイ♪。
はい、映画村の入口付近では「戦国魂」さんなどが戦国グッズを販売しております。
いいですね~( ゚Д゚)ホスィ

そんな中、我等学生スタッフは何をしていたかというと

IMG_7593

おみくじ売ってました(*/▽\*)テヘッ
まぁ~雷豚肉は男なんで、売り子巫女でなく、巫女さんに(*´д`*) ハァハァする係だった訳ですがw
おみくじは今年もやります^^そして巫女さんも増やしますw(多分)

しかし、この祭り一番の見所は(ココまさに私見)コレだ!( ´∀`)σσ
IMG_7528

…いや、門の上の天女(?)じゃないですよ^^;
レイヤーさんです。レイヤーさん^^
この時初めて、雷豚肉はレイヤーさんを拝見したわけですが、すげかったです(・∀・)
全体として、無双やBASARA、ブリーチのコスの方が多かったように思います。

他にも戦国に関係したアニメのディスプレイや新作ゲームの試遊台が置かれ、賑わいを見せました。

IMG_7571

今回も前回以上に盛り上がるよう頑張っていきたいですね^^


fizzy.pngwritten by 雷豚肉
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散歩さんぽサンポ~田辺城~

こんにちわ。なぜこのネームを使ったのか今だ自問自答を繰り返しています。
いわしです。

というわけで戦国紀行です。まあ紀行と言うほどでもなく、帰った時散歩ついでに行きました。
今どきの学生が散歩とか胡散臭い感じですが。
本屋に行くついでに行った場合は散歩と称していいと判断したのでそうします。

と言うわけで今回はそんな感じのテンション、ぶらっと行ってきたよ的な、上に書いた状況そのままのテンション、片手間ですよ的な、いわゆるローパッションでおおくりします。
どういうことかと言うと細かいことは調べてくださいと。

うっふっふ
さらっといきましょう。さらっと

田辺城はどんなんだというと

CIMG1678

こんな感じ。手前の城門と奥の資料館からなります
これであなたは田辺城を攻略しました!!パチパチパチ

ちっちゃ!

現存しているのはこれだけ
と言うより、これらも後に作られましたとさ

説明が遅れましたが田辺城は史跡として、石垣程度しか残っておりません。今は石垣に囲まれた公園、舞鶴公園・田辺城公園として機能しております。
長年この公園を住処としていたガキンチョどもの一人として言いますと。テンション上げていいますと。

この城、公園の良さは制限なく史跡と触れ合うことができる!!!何でもできる!!!

CIMG1690

勘違いでした。

皆さん史跡は大切に、自分は子供のときの愚行を反省します。

ただそう思えるくらい史跡が公園と融合しております。

CIMG1697
CIMG1682

かくれんぼ、鬼ごっこにこれほど最適な場所はありません
ただ、公園内で場所制限を設けないと、帰る時刻になって
「もう帰ろ~!出てきて~!」
と叫んでも皆出てこないから要注意!!

一応昔の田辺城の全景を見てみると

CIMG1681

こんな感じだったらしいです。
その名残で二の丸、三の丸などの呼び名が地域名として今でも使われています。
今公園になっているのは赤とピンクの一部と言ったところです。

では、ばっさりと史実を

関が原あたりで細川幽斎が籠城しましたとさ。終わり
簡単に言えば終わり。

流石にこれは自分が満足できないので、
細川幽斎はこの間NOMIさんが紹介した細川忠興のお父さんです。

この人は教養人で古今伝授、歌流の伝承をうけた人です

この田辺城は嫡男の忠興さんの居城だったわけですが、
1600年あたり東西に分かれた戦が始まったとさ。
このとき畿内攻略の一つとして田辺城も標的となったわけです。
ただこの時忠興さんが上杉景勝を撃ちに行っていたので、細川幽斎が田辺城に入場し500の兵で籠城したと言うことです。簡単に言えば。
細川ガラシャが三成に囲まれ自殺したのと同じ時をしてって感じです。

こっち軍500 vs15000あっち軍 

勝敗はみえみえのはず・・・・結果から言うと敗け、ただドローのような負け、史実的に言うと勝ちって感じです。

狐さん、またの名を西東天から言うと篭城戦は大抵失敗する。らしいけど幽斎さんは奇跡的な生還を果たしているわけです。

この戦の終結は勅命によるものでした。

先に言ったように幽斎さんは古今伝授のひとです。細川幽斎はその古今伝授が絶えることを恐れ、和歌集を天皇などなどに送ったわけです。歌のおまけつきで。
天皇も古今伝授が絶えるのを恐れて幽斎さんを勅命で救いましたとさ。

戦死してもよいように和歌集送ったのに逆に助かりましたってことで。。
まあ天皇が助けたのは幽斎さんの色んなとこに対する影響力もあってみたいだけど。

この戦が持った大きな意味って言うのが、この時攻めていた西軍勢が関が原に参戦できなかったと言うこと、1万5千が意味なく関が原をすごした、西軍にとっては大変痛かったらしい。

話変わって和歌集に添えた歌って言うのが

CIMG1691

古へも今もかはらぬ世の中に 心のたねをのこすことの葉

意味は調べるなりすべし、親に聞いたり、調べたりしたけど、色々深読みをする人がいたりで、どれをチョイスするのか迷ったので、思い切って意味は乗せないことに。

今公園にはこの歌をもじった心種園という庭?園があります。
鬼ごっこには最適です。
池に足を滑らして落下しないように注意!!

CIMG1695


こんな感じでいわしの鬼ごっこ最適プレイスの紹介を終了します。ご静聴有難うございました。

written by いわし

issi.png

ライター自己紹介トピック:雷豚肉編

最初のNOMI殿の自己紹介から早一ヶ月…
ここに至り不肖、雷豚肉の自己紹介文アップです><

まぁこんなに遅れたのには理由がありまして、暫くネット断線の状況が…
それも一月近くあったのかな?よく生きていられたものですw

という訳で以下本編。。。

周防の地に生まれ育ち、(元服より三年程、日向にいましたが)
現在、都に居を構える雷豚肉です。

このPNですが、雷豚肉と書いて「ライトニング」と読ませたい、(←いや、無理だろ^^;)
そんな厨二病を抜け切れない、二十歳過ぎの痛い男、それが私ですw

趣味はゲームとカクテルです。あと、つまみなんかもちょっと作ったり。最近プレイしているのは
秘蔵アイテム「戦国無双2猛将伝
効果:使用者の戦国熱が高まり、戦国祭りスタッフとしての士気上昇↑

といった訳で、スタッフの一人として頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。

fizzy.png written by 雷豚肉

戦国小話「名前」後半戦


皆様こんにちは!
播磨の平野で戦国愛を叫んでおりますドグでございます。
さてさてやってきました戦国小話、前回に引き続きテーマは【名前】
前回は幼名、諱、通称、通字なんかをお話しましたが、今回は「姓」と「氏」です。

お前どっちも苗字じゃねぇか!!!とかやめて!石投げないで!
厳密に言えば、「名字」「姓」「氏」はちがいます。
『織田信長』や『伊達政宗』の中に「姓」も「氏」もはいっておりません。
『織田』も『伊達』もカテゴリは「名字」なんです。
名字は今の名字と同じものと考えていいのですが、皆が好き勝手に名乗れていたものです。
木下籐吉郎から羽柴や豊臣に名字を変えていった・・・っていう感じです。ちなみにこの羽柴秀吉と名乗ったときの「羽柴」という名字。
織田信長に仕えていた時代、同じく仕えていた家中で有力だった丹羽長秀の「羽」柴田勝家の「柴」をもらって「羽柴」としたそうです。
「どこどこのだれだれさん」というのをわかりやすくするために、地形や職業にちなんだ名前にしたっていうのもありますし、明治維新のときに名字が戸籍登録のために絶対必要になってお坊さんにあせってつけてもらった。
なんていうお話もあるくらいです。けど、名字自体はけっこう皆江戸時代あたりから好きに名乗ってはいたみたいです。


前置きが長くなりましたが、それでは「姓」についていってみましょう。
天皇から役職の名前です、以上。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と言ってしまえば前回言った通称とかぶるのですが、この役職名、歴史の重さがハンパないです。
さかのぼっちゃうと大和朝廷あたりの話になってしまうのですが、国を治めるときに朝廷が与えた各地の豪族の地位、役職の名前なんかがこれにあたります。
代表的なのは国造(くにのみやつこ)、県主(あがたのぬし)、公(きみ)、臣(おみ)、連(むらじ)、真人(まひと)、朝臣(あそん)、宿禰(すくね)、忌寸(いみき)などなど。
有力な人には大臣(おおおみ)、大連(おおむらじ)なんて姓が与えられたそうですが、時がたつにつれてほぼなくなってしまい、平安時代あたりにはもうほぼ朝臣しか残ってなかったとか何とか・・・
けれども明治維新のころに大久保利通が藤原朝臣利通と名乗ったり、伊藤博文が越智宿禰博文と名乗ったりしているので、一概になくなったとは言い切れないようです。

そして「氏(うじ)」
これは血縁集団をあらわすもので、自分は源氏の血をついでますよ~。と自己主張するときとかに使いますが普段は使いません。
この同じ氏を持っている人はさかのぼれば皆血縁関係、というわけで「源氏の血を継いでる中の足利さんという家。」といった感じで区別されてます。
ちなみに武田氏は源氏、上杉氏は平氏の血をついでます。その上杉家の上杉謙信は源義経とかが大好きで源氏を尊敬していたら言いという逸話が・・・・世の中自分の好きなようには行かないものですね。
ちなみにわが道を行く織田信長は、どうしても血縁的に天下統一する際の「大義名分」のために平氏である必要があって、こじ付けで平氏を名乗ったりもしていたそうです・・・実際は藤原氏だったそうですが。
これらの氏・・・特に源氏・平氏・藤原氏・橘氏の「源平藤橘」いわゆる四姓と呼ばれるものは天皇から下賜された非常に名誉あるものす。
天皇から賜った姓などは他にも多く存在しますし、長宗我部元親を始めとした長宗我部氏は渡来系の血筋だったりもします。




で、名字から氏姓からなにからこれらをぜーんぶひっくるめて名乗るとどうなるか。

徳川家康=徳川次郎三郎源朝臣家康
武田信玄=武田太郎源朝臣晴信




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・長いよ、なんかの呪文みたいだよ。


非常にフルネームで呼びにくくて仕方ない名前になっています。こんなの普通に読んだら絶対舌噛む自信があります、というか点呼とかできない。
これらが明治維新のときの法律で一気に変わっちゃうわけですが、未だに各地に大名家の血筋はありますし、通字が残っていたりといろいろ面白いです。



そして番外編!洗礼名
戦国時代にはキリシタン大名がいたわけですが、ここではその人たちの名前と洗礼名をご紹介します。
ただし読み方は色々あったりするので、少し違うかもしれません。英語を日本語で無理に読んだわけですから、小西行長なんかは「アゴスチィノ」となる場合もあります。

高山右近:ドン・ジュスト  
小西行長:ウグスティノ
明石全登:ジョアン、ヨハネ、ジョパンニ・ジュスト
大友宗麟:ドン・フランシスコ
織田有楽斎:ジョアン
蒲生氏郷:レオ
黒田長政:ダミアン
黒田孝高:シメオン
支倉常長:ドン・フィリッポ・フランシスコ
伊東マンショ
細川ガラシャ

このほかにも、長宗我部元親もキリシタン大名だったようです。
キリシタン大名の中にも、キリスト教の禁止令が出てすぐにキリスト教をやめて名前を変えちゃった人もいれば、最後まで信仰に殉じて追放されたり自殺を選ばなかったりと様々な人がいます。
皆さんもこの機会に、自分の名前を見直してみてはどうでしょうか?


では、今回はこの辺で。
近々戦国紀行にも挑戦予定です、お楽しみに!






doguma.png
written by ドグ

映画村情報 第二回 中村座編

映画村紹介 第二回 中村座編


「ねぇねぇ、中村座ってどういう所なの?」

「こういう所だよ」

中村座01

「へー、何か中で催し物をやる所なんだ。」

「そうだよ」

「もう少し引きの写真はないの?」

「ないよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・中はどうなってるのかな」

「こんなのだよ」

中村座02

「あっ、これは凄いね!」

「そうかい」

「真ん中に何か書いてあるね。・・・がまの・・・油・・薬・・・?」

「そうなんだよ!ここ中村座ではね!何とあの『がまの油売り』が行われているんだよ!」

「お、おじさん・・・なんでテンションあがったの?」

「『がまの油売り』には目が無いからね!」

「そ、そう・・・・・・他にはどんな事やってるの?」

「他?・・・・・・「南京玉すだれ」とか「忍者ショー」かな・・・」

「色々やってるんだね。(テンション下がりやがった!)」

「うん・・・・・・この中村座では常設イベントの他にも、様々な催しごとが行われるから要チェックだよ」

「おじさん・・・棒読みにもほどがあるよ・・・」

「・・・・・・・やってられっか!」

「!?」

「こんなバイトは止めた! がまの油売りする!」



written by オビ holy.png






潜入:東映太秦映画村@映画村夏祭り

こんにちは。今回は戦国祭りの舞台となる「東映太秦映画村」に潜入してきましたのでレポートをお届けします。

東映太秦映画村、通称映画村は京都は右京区、太秦エリアに位置した所謂時代劇+邦画テーマパークとして長い歴史を持っています。

京都駅からですとJR、あるいはバスが安価かつ手軽な手段だと思われます。京福電鉄という路面電車も一部つながっていますので(各種乗継は必要ですが)、レトロな雰囲気を楽しみたい場合はこちらもよいでしょう。




さて肝心の映画村ですが、今回の潜入時はちょうど映画村「夏祭り」が開催されて大賑わい。下はベビーカーのお子さんから上はちょっと計り知れません。ちらほらカップルも見られます。


Toei Eiga Mura Natsu Matsuri

↑こちらは大手門、団体入口などに使われる大きな入口です。今回は夏祭りのため開放中





とまあいろいろ中には時代劇のセットなどいろんなものが展示、あるいは実際に中に入ってみたりなんてことができるのですが、私のようなオタクが気になるのが特撮戦隊・ライダーの館である「パディオス」です。他には目もくれません。

内部には…


Masked Rider Ryuuki

龍騎に…

Masked Rider Sasword

サソードに…

Super Robots

スーパーロボッツ!


他にも斬鬼さんや電王、555など平成ライダーはほとんど展示されています。


というわけで時代劇、戦国だけじゃない東映太秦映画村の楽しみ方。もちろん東映プレゼンツの「どれみ」や「プリキュア」なんかもカバーされていますのでぜひ足をお運びください。ちなみにどれみは原田知世がゲストの回が最高によかったですね。あれはしゃーぷでしたかどっかーんでしたか…。

asadausagi.png

戦国紀行 第一旅 「明智光秀の三女、玉、輿入れの城:勝龍寺城」へ

ブログを観てくださっている皆さま、こんにちは!
駿河国から上洛して2年目のNOMIです~。

連日の更新で、ブログ稼働率もあがって参りましたね~w
ゝ(▽`*ゝ)(ノ*´▽)ノワーイ


ただいまNOMIは、話題の「ファンタシースターポータブル」もプレイ中です(・ω・)
ゲーム中にドリキャスとかセガタサンシロウ(このネタわかる人どれだけいるんだろうか…)が出てきたりするんですよあれ!
さすが、SEGA(笑)
あ、そうそう。
ゲームといえば、最近、「無双OROCHI ~魔王再臨~」の再プレイも満喫してます!
戦国無双派の人間なので、三国のキャラとトゥギャザーするのがwktk。
新キャラも、「封神演義」ファンとしてはツボな感じで。
というか、ですよ。
太公望のモーションがかわいすぎでしょうっ!!あれは。
釣りモーションで、尻餅ついて、お尻ぺんぺんですよっ! 

(*´Д`)  はぁh(ry 

それに、「無双OROCHI ~魔王再臨~」って、猛将伝のキャラクターもエントリしてるじゃないですか。
歌って踊れるパパ(元親)も大注目だったわけですが(笑)
私的には、似てない親子。あ、まあ元親と信親(モブ)も似てないですけど
そうでなく。
明智光秀と細川ガラシャ(お玉)。
なんと、凄絶(笑)な親子。
しかし、嫁。
細川涙目ではないだろうか。やはりモブ扱い。

いやっ、そんな細川氏を、太秦戦国祭りスタッフweb担当のNOMIは見捨てませんっ(笑)!

しかし、どう扱ったものかな~~~。
ん、待てよ?
明智玉の夫、細川忠興といえば、京都にちょうど良いものがあるではないですか!
それにそれに、山崎の合戦でパパが入った「アレ」があるじゃないですか!

………m9(・∀・)ソレダ!!

そう、前置きが長くなってしまいましたが
今回のトピックは、「戦国紀行」と題しまして、戦国時代や武将にちなんだ場所を
スタッフが方々訪ねる新企画です。
お近くにお寄りの際にぜひそのロマンを堪能する一助になれれば幸いであります。
学生視点を主にやや斜め上に旅を綴っていきたいと思いますので
末永くよろしくお願いしますw

さて
その記念すべき第一旅目として!
明智光秀三女、玉が輿入れした城、「勝龍寺城」を、スタッフNOMIが実際に訪れちゃいました!

ーといいつつ、実際は免許とってから
運転免許試験場から2.5㎞ほどだったので、ついでに行ってきちゃっただけだったr(ry

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JR京都駅から東海道山陽本線で長岡京駅下車。
約10kmの道のり。


JR長岡京駅



ハイ!
JR長岡京前に到着です。
ついに来ちゃった~w

観光案内板2

今回の旅は、ここを目指しマース(・ω・)
案内板によるとー
長岡京駅バスターミナル前からだと長岡天満宮の方向なので、地下道を抜けて
反対側へ。そうすると、村田製作所本社ビル前に出る。そこから歩く、とのこと。
あ、公園になってるんですね。
どんなお城が出迎えてくれるのでしょうか~~w
さぁ、いざゆかん!!!

勝竜寺城へ案内標識

ほうほう。あと500mくらいらしいです。

ガラシャ通り

ガラシャ通り、という通りがあるんですね。
その下の三菱通り、の先には三菱の工場があったですよ。
このガラシャ通りを進んでいくのかしら。

お城外観1

おっ!
見えてきました!
何やらお堀のようなものと塀が……。そして、さりげなく椅子が九曜紋になってますね。
芸が細かいなぁ~~(・0・)

お城外観2

ぐんぐん進んでいきます。
良い眺めになってまいりました。

お城外観3

おっ、ここから中に入れそうな………。
この堀にかけられた橋の脇にこんな石碑がありました。

石碑

うおおお!
実感湧いてきましたぞー!
到着したぜ「勝竜寺城」公園!
さて、上陸………

お城外観4

なんかかっけーー!!

資料館

中に入ると、資料館がお出迎え。
早速、中に入っていきたいと思います……ん?

九曜紋

おおお、九曜紋がさらに手厚く歓迎してくれましたよ!
本丸(資料館)は無料解放されてるみたいです。

資料館の1階は休憩室となっており、ガラス張りの壁からは、城跡のお庭が一望できます。
2階が展示室。
勝竜寺跡の発掘時に発見された、貴重な発掘資料が自由に閲覧できます。
さすがに撮影は自粛。
ここのお城の遺構は、土塁や堀などですが、道中にある神足神社の境内で
往時の空堀などをみることができるそうです。

お庭

よく整備された素晴らしいお庭を見て回ることができますw
発掘された井戸もありました。

ガラシャと細川忠興像

お庭には、仲睦まじそうな、細川忠興と明智玉の像が…。
うーむ、よきかな。
ガラシャが勝竜寺にいたのは、細川忠興に嫁いでじゃら丹後宮津に移るまでの
3年間。
16~19歳までを過ごしたんですね~。
しみじみ。

このお城の歩みですが
ここで、引用 wikipedia。

1339年(暦応2年)、京をうかがう南朝方に対抗するため、北朝方の細川頼春が築いた城。
西に西国街道、東に久我畷、南に淀川の水運をうかがう要地であるため
そののちも各勢力の争奪の舞台となる。
戦国時代には和泉細川氏の細川元常、続いて三好氏重臣岩成友通が城主となる。

1571年(元亀2年)、山城国西岡一帯を織田信長より与えられ、城主となった細川藤孝(幽斎、元常の養子)は二重の堀を持つ堅固な城に改修。近年の発掘で多聞櫓などの遺構も確認されている。

1582年(天正10年)、山崎の合戦では、細川家の縁戚でもあった明智光秀の拠点となったが落城。
その後、淀城の築城に石材が使用されるなどして荒廃する。

江戸期に入って
1633年(寛永10年)、永井直清が封ぜられ(山城長岡藩)、修築をおこなうが
1649年(慶安2年)、摂津国高槻に転封されると同時に廃城となった。

ーと。
なるほど。
大人の諸事情でパンフレット転載ができなかったので、wikipediaに頼りました(笑)
山崎の合戦で、明智光秀が本拠としたというと、激動のなかにあった城なんだなぁ
としみじみします。

さてさて、十分満喫したので、お城をあとにします。
細川さん、明智さん、またきますね。

---------------------------------------------------

太秦戦国祭りに立ち寄った際、お時間に余りあれば、ぜひ京都に息づく
戦国ロマンを体感しに、「勝竜寺城」を訪れてみてください(^ω^)


以上「戦国紀行」でしたw



written by NOMI

azu.png

戦国魂京都町屋OPEN!!

帰宅中のいわしです。
帰宅しても京都にいます、丹後です。暑い・・・

さて、昨日戦国魂今日町屋店に行っていました!
初の町屋だ~~
前のエミリさんの記事にもあったように8日にOPENしました!!

場所は府庁近く!一方通行にはご注意を。


一階部分は物販と液晶ディスプレイのあるフリースペース、BASARAや無双も置いてあります
行って皆で盛り上がっちゃおう!!



二階は、これから講座・イベントetcのスペースなるそうです。

物販を見ていると奥から鈴木さんが!!フリースペースにて恐縮しつつ談笑^^
店員さんもすごく気軽に話してくださって楽しかったです。
店としてだけでなく全国の戦国好きの集いのばになっていくといいなぁ~

皆、戦国魂京町屋店に集合だーーー

詳しくは次回、スタッフ複数人でワチャワチャ訪ねてレポートします!


写真の位置が上手く調節できない・・・・笑、左が二階、右が店前です

CIMG1759


CIMG1760


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ライター自己紹介トピック:オビ編

ライター紹介です。
もう既に映画村に関する記事を書いてるので、今更です。
でも気にしません。

という訳で、オビです。

プロモーションのために映像コンテンツ制作を行う撮影班メンバーですよ。
暑いのに、機材は重たいし大変です。

戦国に対するテンションは時期によって大分波があります。
大体、大河が盛り上がってくると戦国に対するテンションもあがってくる感じですかねー。ねー。


戦国祭りが行われる映画村は東映さんの施設ですが、東映特撮作品について勉強中です。
好きな戦隊はデカレン!ライダーはクウガ!
多分、映画村紹介の記事でパディオスについて書くときはテンション上がってると思うので覚悟しといてください。


それでは戦国祭り開催までよろしくお願いします。

holy.png
written by オビ

インタビュー・戦国魂鈴木さん

仙台からこんばんは、エミリです。
仙台涼しいよ仙台。
京都にいるみんな!

ざまぁw



さて。
今日はインタビュー記事第一回目です!
ゲストは戦国魂プロジェクトのプロデューサー、鈴木智博さん



鈴木さんがプロデューサーをつとめる戦国魂プロジェクトの大きなコンセプトは、歴史コンテンツを通して地域活性すること。
そんな戦国魂のプロデューサー、鈴木さんの太秦戦国祭りに対する意気込みは?

「京都は戦国武将の憧れの地。京都なら、ある意味どんな武将がいてもおかしくないんですよ。だから武将や地域を限定しないイベントができる。そんな京都を歴史コンテンツ発信の地にしたいです。太秦戦国祭りがその一環になればいいですね」

戦国魂は今日、京都に京町家本陣をオープン!戦国魂グッズが買えるのはもちろん、お店の半分程度が交流スペースになっている。

「巨大な液晶テレビがあるのでそこでゲーム大会なんかできたらいいですね。戦国BASARAとか戦国無双とか。太秦戦国祭りの様子も流したいです」

タイミングが合えば作家さんにも会えるかも、とのこと。戦国好きにはたまらない空間だ。
最後に、太秦戦国祭りに上洛する皆さんへ一言。

「太秦戦国祭りで思い出をいっぱい作って下さい。祭りのあとには夜の京都も楽しんで。ついでに京町家にも来てくれたら嬉しいな」


鈴木さん、ありがとうございましたー!!
京町家本陣のサイトはコチラ 地図、クーポンもありますよー。



……京町家行きたい。


written by EMIRI
yukki.png

戦国魂新商品!!

またまたどうも、エミリですよー。


突然ですが皆さん戦国魂プロジェクトをご存じですか?
戦国魂プロジェクトというのは、戦国時代が好きな専門家が集まって戦国系のイベントやったりグッズ作ったりとにかく色々やってる集団なわけです。神職人さんが集まって才能の有効活用してるんだよ。
詳しくはここをクリック。
そうそう、カプコンとのコラボ商品BASARAのタンブラーでご存じの人も多いかも。


そんな戦国魂プロジェクトの丸 秘 情 報 を ゲ ッ ト !!

実は先日、戦国魂プロデューサーの鈴木智博さんに会ってインタビューしてきたんです。
色んな話を聞かせてもらっちゃったよー!!

今日はそのインタビュー記事…の前に!
まだどこにも発表されていない戦国魂新商品をご紹介!


20080723





ばばん!
甲冑ストラップ~!!









材質がしっかりしていて、本物の甲冑のミニチュア版という感じ。
蒔絵シールを張るとクール度3割増ですね。
個人的にはデコ電してみると面白いかもしれない、と思った。
鈴木さんのケータイ(真田家紋の金蒔絵が素敵だった)に実際につけた写真も載せたかったんだけど、PCの不調でデータ紛失というまさかの事態…。あうあう。
なんとか奇跡的にこの写真だけ復活できました。

真ん中のストラップには戦国魂商品である金蒔絵のシールが貼られております。
石田三成の大一大万大吉ですね。

この商品、まだ発売日も価格もわかりません。
こればかりは私も知りません!!
近日戦国魂公式サイトにて発表される予定です。
みんな、サイトを要チェックだ!!



鈴木さんへのインタビュー記事は次回、8月8日更新予定です。

written by EMIRI
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ライター自己紹介トピック:エミリ編

おっすおらエミリ!

自己紹介がだいぶ遅れました、あらためましてエミリです。
生まれも育ちも奥州。生粋の仙台人。
以前ミーティングレポートを書いた者です。
基本的にスタッフの活動の記録レポート担当だけど、記録ばっかじゃつまんないのでいろいろ企画とかやると思う。

最近戦国好きの人に仙台生まれって言うとそれだけでうらやましがられるのでとても優越感を感じている。サンクス政宗!!


最近は微妙に手作りのアクセサリーにハマりかけ。微妙にミサンガとか編んでる。
ひたすら編んでるうちに無我の境地に達して宇宙の真理が見えかけ…ないけど。
戦国祭り当日には自分で作ったアクセサリー付けていけたらいいな!!とか思いつつ。


ゲーム好きです。あまり得意ではないけど^^
戦国BASARAも戦国無双も大好きだよー。
戦国BASARAがなかったらこの祭りのスタッフやってない。
ゲームも好きだけどコスプレしてくれるお客さんはもっと好きだよ(さりげなくなくアピール)



しかしまぁなんですな。
東北育ちの私には京都の暑さは耐え難いものが、ある…。
マジ夏バテ~戦国祭りの準備とかやってらんな~い…ので、この夏は早めに帰省して仙台で七夕とか史跡とか満喫する予定ー。


yukki.png

written by EMIRI

自己紹介:Usagichan

ライター自己紹介です。はじめまして。usagichanです。

専門分野は社会情報学。 好きな声優は坂本真綾です。久川綾も好きです。

正直な話「戦国」というものに対して他のメンバーに比べて熱いパッションはないのですが、何故か「第1回」太秦戦国祭りから参加しています。

戦国知識もなく、戦国ゲームプレイもほとんどなく、微妙なエントリーしか書けないやもしれませんが、地元太秦エリアに関しての記事はちょこちょこ書き込んでいきますのでよろしくお願いします。



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第三回  戦国小話 「名前」


にどめましてして皆さん、下で自己紹介させていただきましたどぐでございます。

京都・・・暑い!!逃げたい、なつかしの播磨の平野へ逃げたいいいぃぃぃ!!!と思っても撤退を許されず踏ん張っています。
皆さんもこの時期上洛される際は絶対に日焼け対策と水分補給はしてくださいね!


さてさてNOMIさんに続く戦国小話三回目。
今回は【名前】について語っていこうと思います・・・・回が進んできたら武将ピンポイントで取り上げたりもしたいなと思ったりしてます。


それではまず、名前。ですが、現在あるのはだいたい苗字+名前
わたしのど+ぐのように・・・・・・







ごめんなさいちょっとふざけました。

で、名前って言うものは今では変えるためにはちゃんとした手続踏まないといけないんですが、これは国家が国民を把握するために必要なことだからです。
それ以前、今回は戦国時代のお話なので戦国時代で話すと、「俺、大人になったよ!」と宣言して元服して諱(いみな)というものをつけるまでは『幼名』で呼ばれるのが普通でした。
時代劇やゲームの中でも親しい間柄同士が幼名で呼び合ってるシーンとかありますよね。
「犬千代様っ!」とか・・・・
有名どころでは、源義経の牛若丸や兄の頼朝の鬼武者、なんてのもありますが・・・・・ずいぶん荒々しいですね頼朝さん。

戦国時代では、
織田信長 の吉法師。
豊臣秀吉の日吉丸。
伊達政宗 の梵天丸 。
真田幸村の弁丸。
石田三成の佐吉。
加藤清正の虎之助。
毛利元就の松寿丸。


なんてのがあります。
このほかにこの幼名って言うものは代々家に受け継がれていくものもあって、
徳川家の竹千代。
前田家の犬千代。
が代表的です、他にもあげだしたらきりがないくらいこういうことは多いのですが・・・
徳川家では、将軍家と尾張徳川家、水戸徳川家とかで継ぐ幼名も違ってたりします。



さてさて、次は『諱(いみな)』です。
元服するときにつける名前なのですが、日本にはそもそも「目上の人のを名前で呼ぶのは失礼だ」っていう風習がありました。これは中国から入ってきたものなんですが、この諱自体中国から入ってきたものなんです。
よく漫画やゲームなんかで「自分の本当の名前をいられると操られる」というような「言霊(コトダマ)」とか、そういうものが出てくることがあると思うんですが、これはそういう類のもので、実際に、特に目上の人や尊い人、他人の諱自体を口にすることが避けられました。
言っちゃえば諱は「自分の本当の名前」ですね。
武将の名前でまず私たちが思い浮かべるのがこの諱。
織田信長の信長や、明智光秀の光秀なんかがそうですね。
少し特殊な例でいくと、『真田幸村』の『幸村』は諱ではなく本当の名前は「信繁」となります。
これは後々江戸時代で講談などで「真田信繁」が語られるようになったときに、真田家の『通字』(*後で説明します)の幸と、姉の村松殿の村、または徳川家を呪う刀「村正」に由来してつけたのではないかとかいろいろ説がありますが、「幸村」として作った作品が爆発的に売れてしまい、以降幸村が定着してしまった・・・というわけです。
今のゲームや漫画では大体が「幸村」で信繁は教科書に載るくらいなんだそうです。
あと、武田信玄の「信玄」や上杉謙信の「謙信」も出家後に名乗った法諱なので、武田信玄の諱は「晴信」上杉謙信の諱は「輝虎」になります。


で、次は普段皆が呼んでいる『通称、字(あざな)』になります。
これが苗字と私たちが呼ぶ名前(諱)の間にはさまってるやつです。

真田『源次郎』幸村
竹中『半兵衛』重虎
山本『勘助』晴幸
本多『平八郎』忠勝
黒田『官兵衛』孝高(出家後は如水)
明智『十兵衛』光秀
なんかがそうですね。

諱の前に通称が本名みたいになって有名になっちゃってる人も意外と多いです。
けど「伊達藤次郎政宗!」とか名乗ったほうがカッコいいように思うのは私だけでしょうか?


で、大きくなるにつれてその通称のところに「役職名」が入ってくるわけです。
呼ばれ方としては役職名>通称といった感じです。
今でいう「部長」や「支部長」「社長」みたいなもんです。
明智光秀の『日向守』や羽柴秀吉の『筑前守』なんかがそうです。
けどこの名前見たとき「あれ?明智光秀って九州にいたっけ?」とかいう疑問が出てくるわけです。
これは戦国時代、朝廷の権威を利用しようと官位を「くれーくれー」と各地の大名がせまったときに、朝廷は空いている官位を与えるしかなくなったんです。
そして、だんだん与える役職名がなくなり、いろんな土地の統括の役職を与えることになりました。
別に実際治めてたって言うわけじゃありません。
最終的には朝廷は本当に力をなくして、「もういいや、お前今日から○○守名乗っちゃえよ。」ということで勝手に部下に名前つけちゃったりなんてこともあります。
やたらめったら官位が多いんじゃなく、名乗っている人が多い。っていうのも問題ですね。本当は一人のはずなのに・・・
ここで小話をはさむと、本能寺の変のとき、明智光秀が奇襲をかけてきたことを知った信長は「おのれ日州!是非もなし(仕方ない)!」といったそうです。○○守って言うのは元々土地の名前ですから、他の人も他人を呼ぶとき○州殿なんてと呼んでいたようです。
あとは、真田幸村の祖父に当たる真田次郎三郎幸隆という人は、弾正忠という官位を名乗っていたので真田弾正。なんて呼ばれてました。戦国時代には他にもこの「弾正」と名乗る人がいたんですが、武田家の中の有名な三人の弾正を「三弾正」なんて呼んだりしていました。
真田幸隆知略や功績に一目置かれていて「攻め弾正」。他の二人の弾正さんはというと、慎重な采配と見事な退却指揮から、高坂昌信は「逃げ弾正」、保科正俊は見事な槍の使い手だったので「槍弾正」と呼ばれ、三人で「三弾正」と呼ばれていたそうです。こう見ると結構名前かぶってて呼びづらそうですよね、「弾正殿!」って言ったら三人は振り向くわけですし・・・
今でいう、苗字がかぶるのと同じ様な感じだったんでしょうかね?


さて、いよいよ上で言っていた通字のお話に移りたいと思います。
元々日本人の名前って、呼びにくいだろうってくらい長いのが普通だったんですね。坂上田村麻呂とかそういう感じで。
けれど遣唐使が男の人は二文字か一文字の感じの名前、女の人は○子ってう名前を中国ではつけてる。っ手いう風習を持って帰り、平安時代後期にはそれらが定着して以降、先祖代々特定の文字を諱似いれるっていう風習があったわけです。「通字」または「系字」とも言います。
一番有名なのは天皇家の「仁」という文字ですし、他にも徳川将軍家の「家」や平家の「盛」島津家の「忠」、真田家の「幸」なんかもそうですね。
私たちが日本史で似たような名前に苦しめられる元凶はここにあったわけです・・・・
こういった風習は、先祖の漢字を避ける中国や韓国にはないもので、日本独特のものなんです。
昔の人にあやかって~とかよく言いますが、吉川元春伊達政宗なんかは先祖の功績にあやかって、祖先の諱を名乗っています。
他にも、元服の際に烏帽子親という後見人に主君がなった際に、特別に自分の諱を一時与える場合もありました。
「一字拝領」っていうやつですね。毛利「輝」元なんかがそうです。ただし無理やり押し付けたり、外交の手段に使ったりもしてたそうです。



ここまでくると名前もいろいろ隠されているというのがわかったわけなのですが、実はまだ隠れてまして。
「姓」「氏」です。
お前どっちも苗字じゃねぇか!!!という突っ込みもあると思いますが、厳密にいうと違っているんです。
しかしもう結構長くなってきたので、これはまた次回。
キリシタン大名の洗礼名なんかも紹介したいと思ってます。

しょっぱなから長くなってしまいましたが、今回はこれにて。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
それでは、また次回!

ライター自己紹介トピック  どぐ

お初にお目にかかります、当日企画担当なのになぜか引っ張ってこられた播磨出身のどぐです。
ここでは戦国小話なんかを語らせてもらいたいと思っていますが、無意味に史跡めぐりの旅に出かけてレポートがぽっとのったりする・・・・・かもしれません。
今回はちょこっと自己紹介っぽいものをさせていただきたいと思います。


あらためまして。
黒田家、姫路城で有名な播磨出身のどぐと申します。性別はおなごなのですがあっちこっちから野性的、男らしいとの声が聞こえてきます。
地元は神戸に知名度で負けているようでうが、戦国だけじゃなくて赤穂浪士や大鳥圭介など、いろいろと熱いです!
日々兵庫県の知名度を上げるべく努力すると共に、一番槍のNOMIさんがたち上げた今川義元地位向上委員会で特攻隊長を(勝手に)務めております。

基本お祭り好きで、みんなで騒ぐの大好きです。けんか祭りとか祇園祭も。
けれど一人でふらっとどこかに散歩に出かけたり、自転車で音楽聴きながら爆走したりするのも好きです。
その途中で見つけたカフェや本屋によってまったりしています。
本は基本雑食で、古典や歴史もの、ライトノベルも読みますが、主にフィクションです。
古典では雨月物語、平家物語、古事記とか神話も読みます。歴史系では池波正太郎先生の真田太平記と山岡荘八先生の織田信長が心のバイブルになっています、あと隆慶一郎先生の一夢庵風流記!もちろん漫画も好きです、「花の慶次」や「SAKON」「へうげもの」なんかにはまってます。三国志、水滸伝にも手を出したり「紅蓮のごとく」にはまったりといろいろ忙しい。
ゲームはあまり得意ではないのですが、RPGなんかにちょくちょく手を出したり、意地で戦国BASARAと戦国無双シリーズやってます。本多忠勝に追いかけられようがめげません。

歴史自体が大好きで、大谷吉継や真田家を愛しています・・・が、徳川方も好きですしそれ以前の北条氏も山中鹿之助も伊達家も立花氏も(以下略
大好きです。史実も創作も両方好き
たまにぶらぶらと史跡を見に行って、石碑に向かって全力で「カッコいい!!」とか叫んだりしてます。
歴史のストライクゾーンはだいたい戦国~幕末まで。けど最近時代を遡りだしてます。だって鎌倉時代も飛鳥時代も熱い(略
歴史だけではなく和風のものが好きで、和服や和菓子、和風の小物なんかも好きです。
ここでは、戦国食作ってみましたレポートや、史跡めぐりレポートなんかもできればいいなぁ・・・とか計画しています。
皆さんと一緒に楽しんでいけるように、いろいろできる限りの挑戦していきたいと思います!

ではでは、皆様にこれから「歴史ってやっぱり面白い!」「戦国時代って熱い!」って思っていただけるように精進します。
では、これにて!


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